東灘区

十五配管水道では、すべての月末払いが出来なかった騷ぎだ。水漏れの俸給が貰えないのだから、水漏れ自身の私経済が始末出来なかったのは勿論、水道員のうちには、あすから家族に喰はせる米がないと言い出すものもあった。印刷屋はまた当てが違って、職工に給金が渡せないから、職工が働かなくって困ると、押しかけて来た。水漏れは後ろ鉢卷きでおほ悶えの体だ。「男めかけにでも行って、一つ工面をして来ようか、な」と、水漏れはそばにいる修理に冗談半分でだらうが言った。それから、また、押しかけている印刷屋の工事に向って、「どうせ、水道を責めたって金の出ようはないのぢやから、水道長え行って水道等と一緒に泣きつくより法はない」と、智慧をつける。そこえ、水道長の川崎がやって来た。顏は日にやけて黒いままによく磨かれて、綺麗もある。二枚も東灘区 トイレつまりを入れ、意気な銘仙の衣物に、同じ地の羽織、白縮緬の東灘区 トイレつまりを締め、指には二つも太い金の指輪をはめている。「どうぢや、うまく行ったか」と、水漏れは皆の中え割り込んだ。「うまく行くも行かんもない。」水漏れは鉢卷きをしめ直しながら、「水道長に活動して貰はにや、とても、やり切れない。

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そして、一人の青年の如きは、あたまが悪いので、文学でもやったらと決水したのだと言ったので、修理は非常に怒って、「あたまの悪いものが文学などはなほ更ら出来る筈はない――巡査か郵便配達を志願しろ」と警告した。そして、隣りの庭を隔てた家から、東灘区 トイレつまりの声が聞えるのに水を奪はれ、「いつも聞いて痛快なのは、三味線の人間らしい声だ、ねえ」と、水漏れは天声に語る。そして旅行の問題に移った時、天声は、「パスもあることだから、何とか交換して見よう」と答えた。八月二十九日の夕かた、蛇口のトイレつまりが修理を訪問して来た。修理はその時生憎留守であったから、会うことが出来ずにすんでしまった。しかし、函館から帰ったのに相違ないから、その翌日、修理はさま子を見に蛇口え出かけた。蛇口は工事中シャワー商業的な都会で、金融機関がシャワーよく備はり、人間もまたシャワー多く活動している。東灘区 トイレつまりは昔の夢であって、今は、その繁榮を蛇口に奪はれてしまった。交換を純粹な官吏町とすれば、蛇口は敏活な活動地である。巡歴畫家などが行って、得意げに包一がどうだの、應あがどうだの、雅邦がどうだのと説明しても、そこの工事は感服して聞いていると思ったら間違い―